ゴールドダガー賞受賞作ということで、ずっと存在が気になっていた作品。
やっとの思いで読んだらどハマりしたのでここで紹介します。
感想、書きはじめると引っ込みがつかなくなってしまいますね。今回は4,000字越えでたっぷりと作品の魅力をお届けします。
それではどうぞ。
あらすじ
イギリス、カンブリア州のストーンサークルで次々と焼死体が発見された。マスコミに「イモレーション・マン」と名付けられた犯人は死体を猟奇的に損壊しており、三番目の被害者にはなぜか、不祥事を起こして停職中のNCA(国家犯罪対策庁)の警察官「ワシントン・ポー」の名前と「5」の字が刻み付けられていた。身に覚えのないポーは上司の判断で停職を解かれ、捜査に合流することに。そして新たな死体が発見され……
英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールドダガー受賞作。
ストーンサークルとは、円環上に配置された巨石、イギリス先史時代の遺跡です。有名なのは世界遺産にも登録されているストーンヘンジでしょうか。イギリスにはストーンヘンジ以外にも大小さまざまなストーンサークルが存在します。その数なんと1,000ヶ所をこえるのだとか。
そんなストーンサークルで老人が焼き殺されるという出だしからけっこう残酷なシーンから始まる今回のお話。描写がリアルでグロテスクなので、苦手な方は要注意です。無理なさらず。
でも、そんな残酷なシーンがあってなお続きが気になってぐいぐい読ませてくれる作品です。私も続きが気になって仕方がなくて、あっという間に読了してしまいました。
結果まんまとポーとティリーのコンビが好きになったので、作者の思うツボです。
まずはネタバレなしで感想を
ストーンサークルの殺人は、無骨な警察官と天才分析官のコンビで事件に挑むシリーズ物の第1作。
登場人物たちのキャラが立っていてそれぞれに役割があるのも素敵でした。
主人公ポーは、軍上がりの刑事。直感を大事に捜査を進めるタイプで納得いかなければ上司の命令にも従わない。正義感は強いけどアウトローな刑事です。
そんなポーとコンビを組むのは分析官のティリー。いくつもの博士号を持つ天才ですが、人間関係はからっきし。周囲からも浮いている様子です。こんな正反対に見える2人がコンビを組んで事件に挑みます。
そして脇を固めるのはかつてのポーの部下で、現在刑事部長であるフリン。暴走しがちな2人を止める役割です。
この3人の連携プレーや会話のテンポも良くておもしろく読めました。
アウトローな刑事と天才分析官が事件に挑む、警察ものミステリーの設定としては王道な感じがします。文章も読みやすくて、章立てが細かいので、連続ドラマを見ているような感覚でどんどん読み進めていけました。
この読みやすさが私を再びミステリー小説の沼に引きずりこんだ一因になっています。
そしてポーの愛犬エドガーも作品に彩りを添えます。スパニエル犬とされていて、なんだかんだ言いながらポーがとても大事にしていることがうかがえます。
ピュアなティリーと一緒にじゃれているような一節もあって、優しげな顔立ちながらも元気に駆け回るエドガーの姿を想像するとなんだかほっこりします。
そして忘れてはいけないのが舞台はイギリス湖水地方であるということ。
停職中のポーが住んでいるのはイギリスのカンブリア州。調べていただきたいのですが、雄大でゆったりとした景色が広がる美しい場所です。青く静かに広がる湖に、なだらかな稜線を描く緑の草原と山々。ゆったりとした時間が流れているような景色で、いつまでも眺めていたくなる感じがします。
そんなカンブリア州で事件は起こります。曇り空の街の景色は陰鬱で、まさにイギリスの警察小説ならではの雰囲気を醸し出しています。
食べ物やらパブやら、小説の中では日常の風景として登場するものにイギリスの文化や暮らしが表れています。事件の合間のふっとひと息つくシーンなど、食事やカンブリアの情景がストーリーに自然に織り込まれています。
海外小説を読んでいて楽しいところは、日本と違う文化を追体験できるところにあるのかなと思ったりもします。
魅力的なキャラクター、じわじわと真相に近づいていくスリルのある展開、そして美しいイギリスの景色。これら全てがこの本の魅力になっています。
本を読み終わって、ぜひ映像化してほしいなあと思った次第です。しかも映画で無理やり2時間に収めるとかじゃなくて連続ドラマとかでたっぷりと味わいたいです。
ここからネタバレあり!
まだ本書を読んでいない方やネタバレを見たくない方は飛ばしてください。
この小説。初めから事件に関する全ての情報が提示されているわけではないので、後から後から新たな事実が判明します。捜査が進むにつれて明らかになる事実から着実に真相に近づくストーリー構成はお見事のひと言です。
読者は主人公ポーに近い目線で事件を一緒に追いかけていくことになるので、スリルをたっぷり味わえるのが魅力です。
主人公のポーは停職中。刑事部長の役職も降ろされ、カンブリアの自宅にて最後の処分を待つ身で、このまま刑事を辞めてもいいとすら思っている様子です。
しかし、死体にポーの名前が書かれていたことから、かつての部下で今や刑事部長となったフリンから依頼され、今度はフリンの部下として復帰することに。復帰とはいえ、事件に関連するとして警護対象として監視されるか、警察官として捜査に復帰するかの二択という、ポーにとっては最悪の選択を迫られた末の復帰となります。
そんなわけで、事件に巻き込まれる形で停職を解かれたポーは「イモレーション・マン」が起こした殺人事件に挑みます。なぜ遺体にポー自身の名前を残したのか、数字の5に見える記号の意味は?謎が謎を呼ぶ展開にページをめくる手が止まらなくなって、そのまま一気読みでした。
二転三転しながら犯人に迫っていくのですが、ポーたちがたどりついた真相はあまりにも哀しくやるせないような気持ちになるものでした。
イギリスのセピアグレーな景色の中で次々と起こる事件のなかで、唯一清涼剤のようなのが天才分析官のティリーの存在です。
ティリーは数学の博士号を持ち、天才なのですが、人と関係を築くのは下手でいわゆるオタクな女性として描かれています。最初は自分の同僚にいたらちょっと苦労しそうなタイプだなー、とか思ったんですが、読み進めているうちにどんどんかわいく思えてくるんです。最後はポーの相棒がティリーでよかった!と思いました。
直感頼りの捜査が得意なポーは捜査本部と意見もぶつかります。ティリーも周囲から浮いていますが、ポー自身もかなり警察関係者からは煙たがられている様子。頭も切れて、正義感も強くて、現状1番真実に近づいていそうなのに、同じ警察内部から捜査の邪魔が入ります。思うように捜査が進まない中、ティリーの分析を元に捜査本部と別の線で事件を追いかけることになっていきます。
そしてこの作品、ミステリー好きにはかなり刺さりそうな気がします。、
そもそも主人公ポーと愛犬エドガー。この名前はエドガー・アラン・ポーを彷彿とさせます。そして次作から本格的に登場するこれまた魅力的なキャラクター造詣の病理医エステル・ドイル。これは言わずと知れたコナン・ドイルから来ているんだろうな、とか。それこそミステリー好きはにやりとするじゃないでしょうか。
現場に残された証拠からひとつひとつ真実でないものを取り除いていき、どんなにあり得ないようなことでも残ったものこそが真実である、というようなシャーロックホームズなんかの王道なミステリーを彷彿とさせる展開も好きです。
さて。ティリーはずっとアカデミックな世界で自分の研究に没頭してきたので、世間ずれして年齢にしては幼い言動の女性というインパクトが最初は強かったです。
そして、ポーに半ば無理やりという形で連れ出され、事件に関わっていくことになります。そうして人々と関わっていく中で、ティリーは自身のスキルを活かして膨大なデータの中から着実に犯人に迫り、次第にポーの強力なサポーターとなっていきます。
捜査が進むにつれてポーの相棒として、そして捜査チームの一員として、彼女の才能が実社会での事件解決に役立っていくことになるのです。
ポーとティリー、正反対なキャラクターに見えるけれど、不器用で頑固でまっすぐで思いやりがあるところは似たもの同士だなあと思ったり。
今回のストーリーはクビ寸前の警察官ポーの再起の物語としても、ティリーの成長物語としても読むことができます。まっすぐでピュアなティリーの存在が作品の世界観を鮮やかに彩っています。
そして、ミステリーにありがちでモヤっとした読後感になる原因でもある偶然起こってしまった不幸な事故、的な展開もなく、事件に関する全ての伏線がきっちりと回収されているのも読んでいて気持ちが良かった理由のひとつかなと思います。
犯人側の事情も書き切った上で、犯人を警察側が追い詰めて説得して、犯行を思いどどまらせる、とかもなくて。犯人は自分の復讐をやり遂げます。現実は割り切れないことばかり。そんなそれぞれの思いのぶつかり合いみたいなものも読み取れて、事件としてはすっきりした解決とはいかず苦い展開で終わるのもポーが主人公だったからではないかと思います。
王道ミステリーのような設定に新鮮な驚きがありました。
ポー自身の秘密にも最後に触れられていて、これからポーの過去もどんどん明らかになっていくのでしょうか。今後の展開がとても楽しみです。
さいごに
ゴールドダガー賞受賞作ということで発売当時から目をつけていたにも関わらず、分厚さに尻込みしていました。
が、読んでみるともっと早く読んでおけばよかった〜!となりました。
しばらく長編小説とかミステリーから離れていた私を再びミステリー沼に引きずり落とした1冊。おかげさまで読書の習慣も取り戻しました。
読み応えのあるミステリーを楽しみたい方におすすめです。
夏の夜、ジントニックやエールを片手に読むのも似合う作品だなあと思いました。
2作目、3作目と続編を読んでいっているところなのでまた感想を書ければなあと思います。
それではまた。